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大阪高等裁判所 平成4年(く)22号 決定 1992年11月11日

主文

本件各抗告を棄却する。

理由

本件各抗告申立の趣意は、請求人代理人弁護士平山正和外五名共同作成の「抗告の申立」と題する書面及び抗告理由書各記載のとおりであるが、所論は、要するに、原決定は、1被疑者三名が共謀のうえ請求人に加えた暴行についてこれを認めるに足りる証拠がないとした点、2被疑者A、同Bが共謀して被疑者をみだりに逮捕したとの事実を認めるに足りる証拠がないとした点、3仮に少年補導員の一部になんらかの有形力の行使に及んだ者があったとしても、少年補導員は刑法一九五条一項にいう警察の職務を補助する者に該当しないとした点、の三点において、事実誤認ないし法令の解釈適用の誤りがあり、破棄を免れない、と主張するのである。

一よって検討するに、一件記録によれば、請求人に対する被疑者らの暴行ないし職権濫用の有無が問題となった一連の経緯として以下の事実が認められる。

1  すなわち本件当日である平成二年七月二八日午後一〇時ころ、大阪府泉北警察署警察官A(以下Aという。)、同B(以下Bという。)は、C(以下Cという。)ほか七名の少年補導員とともに一八歳未満の少年がパチンコ店に入らないよう注意する目的で、大阪府堺市鴨谷台所在「パチンコ光明池」に入った。

2  すると、一八歳前後と見える請求人ら数名がパチンコをしていたため、Aが年齢を尋ねたところ、請求人はまともに返答せず、反抗的態度をとった。請求人は、その際Aが所持していた懐中電灯で請求人の顎を数回殴打した、と主張している。

(以下争点1という。)

3  ついで、請求人とその友人らが立ち上がり、同所に集まった補導員らとの間にもみあいが生じた。

この際、請求人は、Cが所持していた懐中電灯で請求人の頬部を一回殴打し、さらにC及び数名の補導員が請求人を椅子のうえに押さえつけるなどの暴行を加えた、と主張している。

(以下争点2という。)

4  その後、もみあいが収まり、請求人らは右補導員らとともに最寄りの光明池派出所に出頭することとなり、右パチンコ店を出た。

請求人は、その際、パチンコ店前路上において、Bが請求人の腕を後ろから逆手に締めあげて逮捕した、と主張している。

(以下争点3という。)

5  光明池派出所においては、請求人が「服代を弁償せい、どついたことを謝れ」などと主張したため、請求人の両親を交えて話し合うこととなり、Aが請求人宅において両親と話し合ったところ、両親は請求人を殴った少年補導員に謝らせてほしいと希望したが、Aはこれを拒絶し、請求人は同日午後一一時五五分ころ泉北記念病院において治療を受け、安静一日及び湿布治療約三日間を要する頭部打撲、顔面打撲の傷害があるとの診断を受けた。

6  その日以降もAと両親との話し合いは継続され、Aは右治療に要した費用の支払を申し出たが、両親は少年補導員の謝罪を主張して譲らず、結局同年八月一三日ころ請求人代理人らに相談するに至り、同年一〇月二四日右代理人らが告訴手続をとったが、大阪地方検察庁は翌平成三年三月三〇日、前記被疑者らを不起訴処分とした。

二争点1に対する判断

Aの暴行の有無については、原決定が説示するように目撃者の供述が請求人側、警察官側でその内容が全く異なっているが、A自身、体格のよい請求人が立ち上がってAに詰めより顔を近づけてきたため、思わず懐中電灯でその顎部分を押すようにして遠ざけたとの限度の事実は争っておらず、他方請求人はまだ椅子に座っている時にAから懐中電灯で顎をこづかれたというものの、それほど強くなかったと述べているから、いずれにしても懐中電灯が請求人の顎に触れた事実は動かし難いと考えられる。

そこでどの様な機会に触れたかについて検討するに、原審において取り調べた請求人の同年輩の友人Dの民事裁判における証人尋問調書によれば、同人はその経過について、次のとおり供述している。

Aが請求人に年齢を聞くとともに免許証の提示を求めた。請求人が「車の中にある」と言うと、Aが「取ってこい」と言い、しばらくやりとりがあった後、請求人がやや大きな声で「しつこいなあ」と言うと「大きな声出すな、なんて口のきき方するんや」と言いながら請求人の顎のあたりを二回懐中電灯で軽く小突いた。すると請求人は「何をするねん」と興奮して立ち上がり、これに対してAは「当たっただけや」と答えていた。

右供述内容は、それ自体特に不自然な点は窺えず、懐中電灯が請求人の顎に触れた経過の説明として首肯できるものがある。

これに対して、前記Aの説明は少年補導にあたった警察官の行動としていささか受け身にすぎる感があるうえ、少年補導員Eの検察官に対する供述調書によれば、請求人は「殴りやがったな」と言いながら立ち上がってAに詰め寄ったというのであるから、懐中電灯が顎に触れたのは請求人が立ち上がってAに詰めよる前であったと考えるのが自然である。

そうすると、AはDの供述するような経過で請求人の不貞腐れた態度に注意を促す意味で顎を故意に軽く小突いたと認めるのが相当である。

原決定は、この点について双方の目撃者の供述内容が相反し、客観的目撃者がいないことを根拠に、右暴行の存在を認めるに足りないと説示するが、相反する供述内容からも、その場の状況に合致する部分あるいは双方の供述内容の一致する部分等から合理的に疑いを入れない事実を認定することは可能であって、利害の反する当事者の供述内容が互いに相反しているという事実を指摘するにとどめ、それ以上の検討をしなかった原決定は不十分のそしりを免れない。

しかしながら、Aの右暴行は、それ自体軽微なものであるうえ、請求人の不必要な挑発的言動に触発された偶発的側面が否定できず、これを特別公務員暴行凌虐罪として起訴する価値には乏しいというべきである。

三争点2についての判断

前記のように請求人がAに向かって行くような態度を示したため、付近にいたCら数名の補導員が間に入り、請求人を店外に連れ出そうとしたところ、請求人とパチンコをしていた友人Dらがこれを阻止しようとしてもみあいが生じた。その際にCが懐中電灯で請求人を殴打したか否かについては、補導員らと請求人らとの間に相反する供述があるものの、前記Dの目撃供述内容は「ある補導員が懐中電灯を、右手で斜めに振り上げ甲君の左頬めがけて振り下げるのを見た。しかし当たる瞬間は見ていない」と具体的であるうえ、請求人は右暴行により負傷したと述べているところ、前記診断名のうち顔面打撲はこれを裏付けていると考えられる。

しかも前述のように請求人の母親が本件後にAと交渉した経過を録音したテープによれば、Aは「結局、年いった補導員さんらがですね、最初たまたまお宅の息子さんに、もみあいになったところから先に手をだしたような形になりましたけれど」と発言したり、母親が「まして物をもって殴ってるんですよ」と抗議したのに対して「たまたまね、それはね」とか「いやいや、補導員さんだってもう下手なことしたな、と。それこそ挑発にのったみたいなことになってしもうた、と反省するところはもっていただいています。」などと答えていることに照らしても、請求人の供述するようなCの暴行があったと認めることができる。

したがって、右暴行の存在に疑問があるかのような原決定の事実認定は、前記のテープの内容や医師作成の診断書の内容のように動かしがたい証拠を合理的理由もなく軽視した誤りが認められる。

しかしながら右誤認が本件請求の結論に影響しないことについては後述五のとおりである。

また請求人は右暴行の後さらに補導員らに椅子の上に押さえつけられた等というが、請求人はCの右暴行に激昂し、店内の椅子の上に立ち上がり大声を出し、故意に騒ぎ立てるような挙動にでたことは原決定説示のとおりであって、仮に請求人のいうようなことが生じたとしても、それはやむを得ない行為と解する余地もあり、起訴価値に乏しいというべきである。

四争点3に対する判断

前記もみあいの後、パチンコ店を出たところでBが請求人の腕をつかんで逮捕したか否かについても、請求人らと補導員らとの供述が相反し、ことにBは請求人がパチンコ店を出る際には、派出所付近におり、その場にいなかったから、そのような行為は一切していない、というのであるが、他方補導員の一人であるFは請求人らと共にパチンコ店の外に出る際に、「BさんとBさんが呼んできた制服のお巡りさん二人がきて、全員で派出所に行ったのです」と検察事務官に供述している。

そこで当裁判所において同人を証人として取調べたところ、「そのように供述したことは事実であるが、勘違いであった、なぜそのように言ったかわからない」とBをかばっているとしか理解できない不可解な弁解をした。

そうするとBがその場にいなかったとの供述内容は必ずしも措信できず、パチンコ店前においてBと請求人が遭遇し請求人の供述するようなBの行為があったと考えることにもそれなりの合理性があるといわなければならない。

これに対してBと行動を共にしていた補導員であり、Bに不利な虚偽供述をする可能性の低い右Fの検察事務官に対する供述内容を十分検討せず、安易にBがその場にいなかったかのように認定した原決定には事実誤認があるといわざるを得ない。

しかしながら、請求人のいう不法逮捕は、請求人が供述するところによっても、Bが約五〇メートル程度請求人の手を後ろ手に持って派出所に向かったものの、その後請求人が「恥ずかしいから離してくれ」というと、これに応じて手を離した、というものであり、執ようまたは危険な態様ということはできず、他方前記D供述によれば、請求人らはパチンコ店の出口付近で「殴ったことを謝れなどと繰り返していた」という状況であったから、Bの行為は、請求人らの挑発的言動に端を発したパチンコ店内における混乱の再発を避けるため、一時的な制圧行為として右のような行為に及んだと考えられ、動機として理解し得ないでもなく、以上を総合すると、Bの行為を職権濫用罪または特別公務員暴行陵虐罪として起訴する価値があるとは到底考えられない。また右現場にAがいなかったことは記録上明らかであるから、BとAの共謀を主張する所論も採用できない。

五Cの責任について

Cの懐中電灯による暴行は前記のとおり明らかであるが、少年補導員は、以下に説示するように付審判請求の対象となり得る刑法一九五条一項所定の警察の職務を補助する者に該当しない。

すなわち、少年補導員制度は、警察庁通達「小年警察活動要綱」の趣旨を受けた大阪府警本部長通達「少年補導員制度の実施について」により、各警察署長が委嘱するシステムとなっているが、それはあくまで、少年警察活動には地域の有志の協力が有益であるとの考慮から、少年非行防止のための地域ボランティアを依頼している制度と解するのが相当である。

そのため前記本部長通達第七項においては「補導員は法的になんら職務権限を有するものではないので、活動に当たっては、強制にわたり、または目的を逸脱して、紛議を生ずることのないように配慮すること」と規定しており、少年補導員が警察官の職務を補助できると解する法律上の根拠はいっさい存在しない。

したがって、本件のように少年補導員が警察官と行動を共にしていた場合においても、それは警察官の職務を事実上補助しているにすぎないことが明らかである。

ところで付審判請求の制度は、公務員が権力の分担行使をするにあたり、その職権濫用ないし人権侵害を厳しく抑制し、もって公務の適正を確保しようとする制度の一つであるから、刑法一九四条・一九五条一項所定の特別公務員を「補助する者」も特別公務員に準じた権限を有する公務員を予定していると解するのが相当であり、事実上補助している私人は、公務との法的関連性がないのであるから、一般の民事・刑事上の責任以上の特別な責任を負うことはないといわざるを得ない。

そうすると、前述のように公務員ではなく公務を行う法的根拠もない少年補導員を被疑者とする本件請求は、結局理由がない。

またAらの警察官とCとの前記暴行についての共謀の有無について検討しても、右暴行が一回限りの突発的なものであったうえ、記録によれば、Aは本件当日、少年補導員らと補導を開始するにあたり、前記本部長通達の趣旨どおり、補導員らにあくまでトラブルがあれば警察官にまかせ、補導員が行きすぎた行為をしてはならない、と訓示していることが認められ、補導員とAらの行為に共謀があったと認定することはできない。

六以上によれば、所論の主張する被疑者らの三名の行為は、いずれも起訴価値がなくあるいは付審判請求の対象とならないから、本件請求を棄却した原決定は結論において正当として是認することができる。論旨は理由がない。

よって刑事訴訟法四二六条一項により本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官村上保之助 裁判官米田俊昭 裁判官安原浩)

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